無駄遣いをなくすためには、「本当はやりたくないこと」を手放すしかない

 

「生活コストを最小限にする」をテーマに、節約に励んでいます。

もはや節約がライフワーク化しつつあるなかで気付いたことは、「無駄遣いをなくしたい!」と思ったら、「やりたいことを我慢して節制しなければいけない」、というわけではないということ。

 

過去の私は、

  • 食べたいおやつを我慢する
  • 仕事で疲れていたとしても、外食をしないで自炊する
  • 趣味にかかるお金を減らす
  • 休日のレジャーや、人付き合いを控える

……などなど、無駄遣いをなくすためには、とにかくなんでもかんでも「やりたいこと」を我慢する必要があって、そうしてつらい思いをしなければお金など貯まらないのだ、と思い込んでいました。

ですがこれはまったく逆で、今は、節約のために「本当にやりたいこと」を我慢する必要はない(むしろ、してはいけない)のだと考えています。

 

 

3大欲求以外の膨大な欲求について

 

ところで、現代人には、生まれたときから備わっている「食欲」や「睡眠欲」以外にも、もっと多種多様な欲があります。

 

  • 自由に使えるお金がたくさん欲しい「お金欲」
  • 素敵な服を着たい「ファッション欲」
  • 素敵なレストランで美味しいものを食べたい「外食欲」
  • 素敵なカフェでゆったりコーヒーを飲みたい「カフェ欲」
  • 甘いものが食べたい、お酒が飲みたい、といった「嗜好品欲」
  • 最先端の電子機器を使いたい「ガジェット欲」
  • とにかくインスタ映えしたい「インスタ欲」
  • 自分の身体を動かさずに快適に移動したい「自動車欲」
  • 家族や友人と交流したい「コミュニケーション欲」
  • いろんな場所に行ってみたい「旅欲」
  • 読書などの情報収集にまつわる「インプット欲」
  • 文章などで自分を表現したい「アウトプット欲」

 

ぱっと思いつくものを挙げてみましたが、もちろんこれ以外にも「こういうことがやりたい」「こんなものが欲しい」という人間の欲求には限りがありません。

私たちは、このような直接生命にかかわるようなことはないけれど、生活するうえで自然発生するさまざまな欲求に突き動かされるまま、「欲求を満たすためにお金を払う」ということをしているのではないでしょうか。
しかも、かなり無意識的に。

 

 

「やりたいこと」と「本当にやりたいこと」の違い

 

でもその欲求って、本当に自分がしたくてしていることだろうか?と考えた時に、必ずしも「本当に心の底からやりたくてやりたくて仕方ないから、やっている」と言えるものばかりではありません。

なんとなくないと不安だから、不快だから、そうしなければいけないような気がするから……という、ぼんやりとした理由で、惰性的にお金を払っていたものもあるように思います。

 

わかりやすいのは、お酒や煙草、甘いものや油っこいものなど、そのもの自体に強い中毒性があってなかなかやめられないようなもの。

心の底の方では「やりたくない」「やめたい」「それにお金をかけなくてもいいのなら、その方がいい」と思っているようなことも、たぶんいくつかはあるはずです。

それを手放したくても手放せなくなっている状況と、「やりたいこと」と混同して、なかば無意識に、習慣的にお金を払っているということもあるのではないでしょうか。

 

 

「本当にやりたいこと」はなにか

 

たとえば、上に列挙したようなものの中で、私にとって「この分野にはお金を使いたい」と思えるような部分は、「インプット欲」、つまり本やゲーム、映画やアニメなどなど……に関わるものです。

服を買うより、美味しいものを食べるより、「じっくり本を読んだりゲームに没頭したりする時間を買いたい」、という気持ちがいちばん強くあります。
(次点で「旅欲」が強いかなと思います。本や旅行といった趣味にかけるお金は、できるだけ節約したくないのが本音)

 

そして、それ以外の分野のものは、「まああれば快適だけど、なかったからってすごく困るようなものではないな……」と思うものの方が多い気がします。

なにがなんでも、誰に止められてもそれをやりたいかというと、そこまでの情熱は持てないかな、ぐらいの欲求レベルです。

 

 

「本当にやりたいこと」以外の欲求は、コントロールできる

 

「たとえ毎日の食費を削ったとしても、○○がどうしても欲しい!」と思うようなものができたとき、それを意志の力でコントロールすることは、かなりむずかしいことのように思います。

食欲や睡眠欲にまで達するレベルの「自分にとって必要不可欠な欲求」は、そう簡単に抑えることはできません。
おそらく、ちょっと意志の力で抑えて忘れられるようなものであれば、そもそもそこまで強烈に「欲しい!」とは思わないはずです。

そして、それを買うことで破産してしまったり、健康を著しく損なうようなものでもないのであれば、ある程度はそこに予算をかけて、多少の出費はしてもいいのではないかと思います。

それが人生の楽しみにも生きがいにもなるし、自分の生活をもっと豊かにしてくれるものにもなるからです。

 

 

逆に、たとえば甘いものが食べたい、煙草が吸いたいと思った時、それが「心の底から、喉から手が出るほど、本当にやりたいこと」ではないのだとしたら、その欲求をコントロールすることは可能です。

かわいい服を着たいという欲求が、「他人にオシャレだと思われたい、ダサいと笑われたくない」という気持ちからきているとしたら、これもたぶん、やろうと思えば手放せるはずです。

 

重要なのは「実はそこまで強烈には欲していない」と気付くことで、自分にとっての「重要なもの」の優先順位を明確にしておくことで、些末な欲求に「待った!」をかけることができるようになります。

そのものを既に習慣的に摂取して中毒化してしまっていると、その欲求を手放すのに時間はかかるかもしれませんが、とはいえあまりになにかに依存しすぎるというのもそれはそれで危険なので、自分の心からの欲求を把握して、コントロールするという訓練はしておいても損はないのではないかなぁ~、と思います。

 

 

「本当はやりたくないこと」にかけるお金が「無駄遣い」

 

言うまでもなく、このような「やりたいと思い込んでいただけで、本当はやりたくないことだった」というような事柄にかけているお金は、ただの無駄遣いです。

やめても困らないこと、やめても生活の充実度は下がらないようなことで、なおかつ意外とお金がかかっていた事柄がなんのか、自分の生活を徹底的に見直す。
そうすることで、過去の無駄遣いを再認識する⇒今後の予防に繋げる、ということができます。

こういうときにはやはり家計簿をつけていた方が便利で、過去の出費を見返しつつ、「これを買ったことで、自分はどれだけ幸せな気持ちになれただろうか」と、ちくいち思い返してみるのもいいかもしれません。

 

それにお金をかけてもたいして楽しくなかった、面白くなかった、むしろ今の今までお金を払ったことすら忘れ去っていた……というものが見つかったら、これからはもうそれにはお金を使わない!と決めつけてしまってもいいと思います。

もし完全にやめることはできなくても、「これは無駄遣いである」という認識さえできてしまえば、そのものにかかるお金を意識的に減らしていくということは、充分に可能です。

 

そうすることで、「やりたいこと」を我慢しなくても、「やりたくないこと」にかけるお金を減らしていくことができ、結果として節約になるというのが、「無駄遣いを減らす」ということの正体なのではないかと思っています。

 

 

広告