つばた夫妻の著書、最終章「きのう、きょう、あした。」

 

愛読書であるつばた夫妻の著書「あしたも、こはるびより」のシリーズ最終章、「きのう、きょう、あした。」。
最終章と銘打たれているのがなんとも言えずさみしくて、もったいなくてちびりちびりと読みました。

 

きのう、きょう、あした。

 

 

「あしたも、こはるびより」を読んでキッチンガーデンに憧れ、高知移住を決意し、アパートのささやかな庭で家庭菜園をはじめました。

1年経って、まだぜんぜんうまく収穫などできてはいないのですが、「畑さえあればなんとか食べていける」という英子さんの言葉を指標に、コツコツ土づくりをしています(主に、同居人が。笑)

 

【好きなもの100】つばた夫妻の著書

 

 

「人に頼まないで、なんでも自分で」

 

 

英子さんがしゅういちさんに言われたという、

「英子さん、なんでも自分で。1日でできなかったら2日かけて、2日かけてできなかったら3日かけて。こつこつやると必ず自分のものになるから。そうしたら自信になるから」
「ひとりでできることはコツコツとやること、そうすれば新しいことが見えてくるし、とても楽しいことだ」

という言葉は、なんでも他力本願な私にグサリと刺さりました。

 

家から一歩外へ出れば、食べ物はいくらでも手に入るし外食もできる。
お金さえ払えば至れり尽くせり、どんなものでも手に入る世の中を、「いいものだ」と思っていました。

今でもそういう世の中が「間違っている!」とは思いません。
便利なものは便利なものとして、活用できるところをかしこく活用すればいいのだと思っています。

でも、しゅういちさんの言葉をうけて、「お金を払ってやってもらう」ばかりだと、自分の力ってどんどん衰えていくのだなと感じさせられました。

「力」とは、スキルとかノウハウなどにも言い換えることができますが、しっくりくるのは「筋力」かなと思います。
鍛えれば鍛えるだけ自分の「身」になるもの、内側に蓄積されていくものというイメージです。

 

「フルサトをつくる」に書かれていた、「自給力を上げる」というのも、「自分でできることを増やすことで、お金がなくても楽しく生きることができる」という考えに基づいています。

 

「フルサトをつくる」を読んで、もっと田舎に引っ越したくなった

 

自分の家の畑で野菜を育てそれを食べる生活をすると、その「やり方」みたいなものはちょっとずつ自分の「身」になって、生きている限り、繰り返し活用することができます。

それは、スーパーで売られている野菜をお金を払って買うだけでは絶対に身につかない力です。

 

 

「ものなんかなくても生きていられる。だけど食べ物だけは絶対大事。」

 

そして、英子さんが「畑さえあればなんとか食べいける」と表現しているように、「作物を育てる力」って、人間のいちばん根幹にかかわる、ものすごく大きなパワーなのではないかなぁと思うのです。

畑づくりもようやく2年目という私たちには、それがどれだけ大きなパワーになるかはまだわかりませんが、それで本当に「自分の力で」「なんとか食べていける」のだとしたら、それはすごいことだ、と思います。

 

私は「おいしいものを食べたい」という欲求は比較的薄いほうだと思うのですが、「たとえ少なくても栄養のあるものを、自分の力で、食べていける生活」さえあれば、将来を悲観せずに生きていけるような気がします。

 

 

「昨日より今日。今日より明日よくなる」

 

「同じことを繰り返しずっとやっていればだいたい何でもできるようになるのよ。昨日より今日。今日より明日よくなるからね」

 

本のタイトルにもなっている、「きのう、きょう、あした。」という言葉には、コツコツと継続さえしていれば未来は少しずつよくなっていくから、なにも心配する必要はないのだというメッセージが込められているような気がします。

「昨日より今日。今日より明日よくなる」という感覚を、本当に実感として持つことができたら、こんなに前向きになれて心強いことはありません。

「○○しないと生きていけない」と思いながらつらいことやしんどいことに耐える生活よりも、「できることから少しずつやっていけば、未来は絶対によくなっていく」と思いながら毎日のことをコツコツ続けていく生活のほうが、間違いなく楽しい。

 

「できることをコツコツと継続すること」=「生活を大事にすること」。
私が生活を大事にするために、今やりたいことはなんだろう、と、改めて考えさせられた一冊でした。

 

 

あしたも、こはるびより。: 83歳と86歳の菜園生活。はる。なつ。あき。ふゆ。

 

 

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