やりたくない家事は、やらない

 

「きのう何食べた?」が最近自分のなかで再ブームで、手持ちの7巻くらいまでを繰り返し読み返しています。

 

きのう何食べた?(1) (モーニングコミックス)

 

 

「きのう何食べた?」はあまりにも有名マンガなので説明不要な気がするのですが、料理と節約が得意な男性と、恋人で同棲中の男性が、ひたすら美味しそうにごはんを食べている、日常系マンガです(ひどい説明)

 

本編の中で(すごく読み込んでいるわけではないし7巻までしか持ってないのですが)、あまり家事分担に対する言及がないのが、同性カップルならではの生活観なのかなぁと感じました。

これが男女のお話だったら「共働き」と「家事分担」はセットで、わりあい重要なテーマとして扱われがちかと思われますが、
「きのう何食べた?」は「まあ、料理はシロさん(料理が趣味の弁護士さん)で、それ以外のことはケンジ(料理あんまりしない美容師さん)がやってるんだろうな」という想像ができる程度です。

唯一シロさんが以前付き合っていた男性とのエピソードで、シロさんが料理も洗濯もやっててストレス溜めてる、という描写があります。

しかしシロさんとケンジの間では家事分担はうまいこと回っているので、7巻時点で特筆したエピソードとして描かれていないということなんだと思います。

 

 

家事分担について

 

共働きの家事分担ってなにかと火種になりがちで、ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」でも中盤の大きなテーマとして扱われていました。

お互いに同じだけ働いていたり同じだけ稼いでいるわけではなくても、働いている限りストレスは発生しているし疲れるし、仕事から帰宅して就寝までにできることには限りがある。
だから同じ家に住んでいる人と、家事を作業分担して消化したいのに、帰宅時間などの兼ね合いでどうしてもどちらかに偏りが出る。

そして不満が発生する。

すごく身に覚えがあります!!

 

私も派遣で働いていた頃は帰宅が毎日19時頃で、そこから洗濯や料理や後片付けを毎日こなすのが結構きつかったです。

かといって同居人に頼るには帰宅時間が安定せず、遅ければ深夜0時をまわって帰ってくることも。
そういう相手になかなか「家事分担してよ!」とは言いにくくて、平日はほとんどひとりで家の中のことをやっていました。

 

洗濯や掃除はもともと好きだったので苦にはならなかったのですが、私は料理が苦手なため、最終的にはほんとうに億劫になってしまって、同居人の帰宅が遅いのをいいことにほとんど作らなくなりました。

ちょうど1日1.5食生活を実践していた頃だったので、昼にできるだけ社食でおなかいっぱいにしておいて、夜は冷凍ごはんとみそ汁だけで済ませたり、外食したり。

その生活にシフトしてから多少楽にはなりましたが、「毎日スーパーでひとりで買出しして、帰宅して下ごしらえして、同居人が帰ってきてお風呂からあがる時間ジャストに料理を完成させて、後片付けも食後すぐに終わらせる」なんてことを要求されていたら、あっという間にパンクしていたと思われます。

 

 

「してもらったこと」と「してあげたこと」を相対評価しないことが、ストレスなく暮らすコツだと思う

 

現在は私は無職・同居人は在宅ワークである程度時間の自由が利くので、同居人が料理をしてくれるようになりました。
私も時間に余裕があるので料理を手伝ったり、それ以外の家事も楽しむことができています。

ほんとうに、時間さえあれば、「家事」ってすごく楽しいものなのだと思います。
毎日同じことの繰り返しとはいえ、「掃除して部屋の中がきれいになった!」とか「洗い物してシンクの中がスッキリからっぽ!」とか、目に見えて成果が実感できるのが楽しい。

自分なりに工夫を凝らせば凝らすほど作業効率は上がるし、「工夫すること」自体も楽しいものです。

 

また、少し話はそれますが、人ってなかなか「自分のやったことの大変さ」を思い知ることはできても、「人がやってくれたことの大変さ」に思いを寄せることはできないような気がします。

自分がやったことは、もちろん自分がやっていることなので、たとえば「仕事終わりの疲れている時にスーパーから重い荷物を運んでくるのが大変だった」とか「怠けたい気持ちを奮起させてお米を研いだ」とか、その「大変さ」の詳細を熟知できています。

でも、実際にそれをやっていない人にとっては、それは本人に直接聞いたり、想像力を巡らせたりしないとわからないことばかりです。

冷蔵庫の中に昨日まではなかった食べ物が入っていたとして、「仕事が終わって疲れているのに近所のスーパーに寄って買ってきてくれたんだなあ!大変だったんだろうなあ!!」なんて思ってくれません。笑
思うとしたら「あ、にんじん買ったのか」程度で、なんなら気付きもしないかも。

それはべつに悪いことではなくて、ふつうはそういうものなのだと受け止めたほうが、変にストレスを溜めなくてすみます。

相手の大変さが見えないのは、お互い様のことでもあります。

 

家事分担に関して今になって思うことは、「あなたがいくら◯◯で大変だっていっても、そんなこといったらこっちだって◯◯とか◯◯とかがんばってる!」と思い続けながら日常生活を送るのは、自分がシンドイだけだ、ということです。

相手と比べて自分はこれだけがんばってるから、自分のほうが疲れてるはずだとか、自分のほうがえらいはずだなんて思ったところで、「そうだね、がんばってるね、えらいね」なんて慰めてくれる人は、なかなか現れないものです。

お手伝いをがんばった小さな子どもなどであれば話は別ですが、大人になったら「がんばって働いてる」とか「がんばって家事やってる」とかで褒めてもらえるなんてことは、そうそうありません。

相手と比べて自分のほうががんばってる!とついつい思ってしまうのは、自分のがんばりが誰にも認められなくてつらいから、かもしれません。

でもそれは相手も同じことのはずで、お互いに「自分のほうが!」をぶつけあっていても、あまりよいことは起こらないような気がしますね。

 

負担感による不満を爆発させて「自分のほうがつらい合戦」を勃発させる前に、手を抜けるところは手を抜いて、諦められるところは諦めるほうがよほど前向きです。

それで「怠けてる」とか「甘えてる」とか言われる筋合いないです、お互い大人なんだし。

同居相手に養われているなら話はかわりますが、本来であれば自分のごはんは自分で作って、自分が汚した服は自分が洗うのが大人としてはふつうです。

あくまでもサービスでやってあげていること、ひとり分やるのもふたり分やるもの同じだからということで「ついでに」やってあげていることに関して、それを強制されたり、片方が変な義務感や使命感を背負う必要はないような気がします。

 

 

自分以外の誰かのためではなく、自分のためにがんばったほうがいい

 

自分以外の誰かのためにがんばってしまうと、労働に対する対価が必要になります。

対価はたいていの場合、「感謝」か「金銭」のどちらかです。

専業主婦(夫)の人は、配偶者が養ってくれるから(お金をくれるから)、例え毎日お礼を言われなくても家事をがんばるということができているのだと思います。
共働きなのだったら、多少は感謝の気持ちを表現してもらわないと、だんだんとやる気が出なくなってきます。

自分が要求している基準と、実際の報酬とにズレがあると、不満が発生します。

 

この問題に対する唯一の解決策は、「相手がきっちり対価を支払うように仕向けること」ではなくて、「相手のためにがんばるということをやめること」に尽きるような気がします。

料理をしたくないならしない。洗濯をしたくないならしない。掃除をしたくないならしない。
外注できるものは外注する。省略できるところは省略して、サボれるところは徹底的にサボる。

そういうことを徹底していけば、不満を感じるきっかけ自体が生じないので、ストレスフリーに生活することができます。

 

「そんなこと言っても洗濯しないと外に着ていく服がないよ!」となるのであれば、「自分のことは自分でなんとかする」を徹底する。
自分以外の誰かにやってもらおうとか、誰かの分もやってあげ(て感謝され)ようとか考えない。

自分のためだったら、たとえ洗濯が死ぬほど嫌いだったとしても、やらなければ生活していけないことを思うとやらざるを得なくなります。

もし洗濯が死ぬほど嫌いなわけじゃなくて、むしろ好きな方だったら、同居している人の分も「ついでに」「気が向いた時だけ」やってあげる。

「そこまで大人げないわけじゃないから洗濯ぐらいやってあげてもいいかな」と思うのだったら、相手の分もやってあげてもいいと思います。

私の場合は「でも料理は嫌いだからやらないぜ」というスタンスで、共働き生活をやりすごすことができました。笑
(そろそろ貯金が尽きそうなので、外で働きだしてまた全く料理をしない時代に逆戻りすることが予想されます)

 

とはいえそういうスタンスが通るのは、「生活費や家賃を完全折半にしていること」が効いている気がします。

同居人に家賃も食費も出してもらっているという状況では、どうしても「相手の無茶な要求ものまざるを得ない」みたいなことになりがちです。
専業主婦(夫)のリスキーさは、単純に世帯年収が下がるとかいうことだけではなくて、そのようなところにもあると思います。

子どもがいなかったり、病気で働けないなどの事情がないのだとしたら、男性も女性も外で働いて「生活に必要なお金を半分ずつ出して、相手に家事を無理強いしない(自分がやらなければいけない理由をつくらない)」のがベストのような気がします。

ふたり暮らしなら生活に必要なお金ってそこまで多くないし、ダウンシフトして生活費を下げてしまえば、そんなにたくさんのお金を稼がなくてもなんとかやっていけます。

ひとり分をちまちまこなすより、ふたり分を一挙に済ませてしまった方がコスパがいいこともなにかと多いので、そういう利点を利用する価値はあるように思います。

 

以上、「家事分担に関して思うところ」でした。

 

 

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