苦手な家事は、習慣化することで「好き」になる

 

この4月から新生活がはじまったという人は、そろそろひとり暮らしや新しい環境に慣れはじめた頃でしょうか。

自分がはじめてひとり暮らしをはじめた頃のことを思い返すと、ま~~~とにかく家事がいやだった思い出しかありません。笑

料理をするのもめんどうだし、使ったお皿を洗うのもめんどうだし、掃除も洗濯もあまり好きではなかったような気がします。
ほぼ毎食コンビニか、学食か、外食で済ませて、それ以外の家事も最低限。
部屋の片付けも苦手で、しかも物持ちだったので、家の中は常に雑然としていました。

 

ひとり暮らしをはじめた頃から10年以上の月日が経った現在となっては、家事をするのは(料理以外は)すごく好きになりました。
もはや趣味の域に近いと思います。

 

【好きなもの100】家事

 

10年以上ずっとひとり暮らしを続けていたわけではなく、実家に住んだりして家事をほとんどしていなかった時期もあります。

今思えば、同棲したり結婚したりで「自分と同居人のふたり分の家事をやらなければならなくなった」ことで、「どうにかして家事を好きになりたい、家事をしている時間を有意義なものだと思いたい」という気持ちが強くなったような気がします。

 

 

家事が好きになれたふたつの要因

 

持ち物の最適化をした

 

家事が好きになれた要因として大きいのが、まず断捨離をしまくって持ち物の最適化をしたということ。

あまり使っていない日用品や、埃をかぶるばかりのインテリア雑貨や、もはやくたびれきっているのになぜか長年手元においてある服など。
ありとあらゆるものを手放して、「できるだけ必要最低限の持ち物で暮らすようにしよう」と思うようになりました。

 

それがなぜ「家事を好きになること」につながったかというと、家の中にあるものはどれもこれもがお気に入りのものばかりになるので、メンテナンスの作業が苦痛でなくなったためです。

 

 

もうあまり着ないし、着心地も悪いし、見ているだけでなんとなく気持ちがモヤッとするような服でぎゅうぎゅうのクローゼットを「好きになる」のは、不可能に近いのではないかなと思います。

「好きになる」とは、ひとつひとつの服に思い入れをもって、きれいに整頓された状態を維持するということです。

 

クローゼットの中身が好きでないと、「服はきちんと毎回そこに戻してあげよう」という気すら起きず、なんとなくソファやベッドの上に放置することに……。

私の場合、そもそもクローゼットが服でぎゅうぎゅうすぎて、洗濯ものや脱いだ上着などを定位置に戻すにもひと苦労するほどの状態だったこともありました。

そのような思い入れの薄い服をとことん手放し、お気に入りの「一軍」の服だけでワードローブを構成することで、容量に余裕がでて脱いだ服も戻しやすくなるし、「どうせならきれいに整頓しておきたい」と思うようになりました。

 

 

同じように、床に置いたものが少なくなれば格段に掃除がしやすくなるし、机の上になにも置かれて(放置されて)いなければ、拭き掃除なども一瞬で終わります。

ミニマリズム的には「部屋の中になんにもない状態」がベストなのかもしれませんが、そこまで徹底しなくても「部屋の中のものの総量を減らすこと」を意識するだけで、メンテナンスの難易度をぐっと下げることができます。

 

 

道具の力を借りた

 

ものを減らすのとは真逆のベクトルで、「ものを増やすことで、家事がはかどった」というパターンもあります。

このブログでも何度か記事にした「ゴム手袋」に関しては、皿洗いに対する腰の重さを劇的に改善してくれたという点で、もはや我が家の救世主と言っても過言ではありません。笑

 

【好きなもの100】マリーゴールド キッチングローブ

 

このゴム手袋のおかげで毎日の皿洗いが習慣化し、更には「ゴム手袋なしでの皿洗いにも抵抗がなくなった」という副効果もうまれました。

どういうことかというと、ゴム手袋を使うことで、皿洗いの負担感や「手が汚れること」への抵抗感がずいぶんと薄まりました。

つまり、「皿洗いという作業のめんどくささ」がなくなり、作業そのものを「イヤじゃない、むしろ好きなこと化」「むしろやらないと落ち着かないこと化」=「習慣化」することに成功しました。

 

シンク・コンロ周りなども、毎日洗ったり拭き掃除をしていれば、素手で触るのもイヤなほどに不潔な場所ではなくなります。
ゴム手袋をつけることで、そのような場所の掃除も「ついでに習慣化」することができ、結果として「ゴム手袋がなくても平気」という状態まで到達することができました。

なので最近は、食器を洗うのも台所周りや床などを拭くのも、すべてゴム手袋をつけずに行っています。
(調理器具の油汚れがひどい日や、気合入れて拭き掃除をしたい時などは使います)

 

モノ・道具の力を借りたおかげで、スキルアップして、自分のレベルが上がったようなかんじです。

 

 

とはいえ、極論を言うと家事ロボットを買えばいいだけの話です

 

「道具の力を借りる」という意味では、食洗器やお掃除ロボ・全自動で乾燥までやってくれる洗濯機など、家事を代行してくれる家電の存在は最強に便利なものです。

食器洗いに関しても、スイッチひとつで皿洗いを済ませてくれるのだから、こんなにすばらしいことはありません。

 

ただ、このような家電のデメリットとしては、

  • 一度使ってしまうと、それがない頃の生活になかなか戻れなくなる
  • 自分自身の家事スキルが衰える
  • 電気代がかかり、オフグリッド的な生活が難しくなる
  • その家電を置くためのスペースが必要になる
  • そのスペースがない家(狭い家)には引っ越せなくなる

などがあります。

 

特に「狭い家に引っ越せなくなる」というデメリットは、家賃が低いところに住めなくなる、もしやむを得ずその家電を手放さなければならなくなった場合に生活の満足度が下がる……などの余波を生むことが考えられます。

生活の縮小の観点からみると一長一短であると言えますが、それでも「自分がやらなくても、やらなければいけないことが勝手に終わっている」メリットに比べれば微々たるものかもしれません。

どうしてもやりたくない家事や好きになれない家事はこのような家電を活用して、部分的にアップシフトしていく選択肢は大いにアリだと思います。

 

私は日々の生活費をできるだけ抑えたいので「できる範囲のことは、自分でやる」という選択肢をとっていますが、「アップシフトすること/ダウンシフトすること」、「自分でやること/自分以外の人やモノにやってもらうこと」のバランスをうまくとることで、生活が豊かになっていくのではないかと思います。

 

 

広告