「ものへの執着が薄くなった」と思えた日

年末の引越の業者さんを選んでいた時のことです。

 

とりあえず見積もりを2~3社ほど出してもらうかー、ということで、大手企業2社・あまり名前を聞いたことがない(失礼)企業1社に見積もり依頼を出しました。

大手2社は部屋の中を見てくれて最終的な金額を算出してくれたのですが、大手以外のもう1社は、電話での打ち合わせのみで金額を伝えられました。

「ソファが1台、冷蔵庫が1台、段ボールが20箱くらいで~」と、運んでほしい荷物の内訳をざっと伝えただけで見積もりできて、割引もしてくれました。笑

その電話見積もりのみの業者さんの見積額が最安だったので、ここに決まりかな~などと考えていました。

 

その後、内見で見積もりに来ていた某大手企業の営業さんに、「○○さんの見積もりは○万円だったので、それを基準に考えてたのですが~」と、「もうちょっと安くなればいいなぁ」ぐらいの気持ちで言ってみたんです。

そしたら、
「そういう名前も聞いたことないような(失礼!)ところは、内見もしないし、引越先にちゃんと荷物が届くかどうかも分かりませんよ」というようなことを言われました。

それはたしかにそういう可能性がゼロとは言えないし、あくまでも営業トークの一環としての他社批判だったんだと思います。
その人は善意のつもりで言ってくれたのかもしれません。

ですが、私はその営業さんの言い方があんまりな気がして、「今後また引越の予定があっても、ここに頼むのだけはやめよう」と心に決めました。笑

 

 

「もし、引越の荷物が全部なくなったら?」と考えてみた

 

引越には、業者さんに頼んで運んでもらうものとは別に、身の回りの大事なものを自家用車で運ぶよう手筈を整えました。

ふと、某大手企業の営業さんの言うように、その「引越業者さんに預けた荷物」が、もしなにかの手違いで全部なくなってしまったら……と考えてみました。

 

「べつに、死ぬほど困るってわけじゃないな」、と思いました。

本当になくなって困るようなお気に入りのものや高価なものは自分たちの手で運び、それ以外の生活必需品は業者さんに頼むという引越の仕方だと、
業者さんに預ける荷物は、そのほとんどが「代替のきくもの」「ひとつひとつはそこまで高価なものでもないもの」です。

これが仮に、自分たちでは運びきれないような大きくて高価な家具や家電製品を預けるとなると多少は不安にもなるとは思うのですが、そんなこともなく……。

「まあ、なくなったらなくなったで、また少しずつ買い揃えていけばいいか」と思うようなものばかりです。
そう考えた時、「以前に比べて、ずいぶん物への執着がなくなったなぁ…」と思えました。

 

テレビでみる芸能人の家に置いてあるような、何百万もするような家具はうちにはありません。
そういうものがもしもそれがなにかの手違いでなくなったり傷つけられたりしたら、きっと「とんでもない損失だ!」と感じると思います。

でも、幸いなことに笑、うちにはそのようなものはありません。
それがとても気楽で、自由なことに感じられました。

 

 

本当に大事なものは、多くはない

 

おそらく、「本当に大事なもの」は、軽自動車の後部座席と荷台に収まるぐらいのものしかなくて、
それ以外のものは「生活に必要だから、とりあえず持っている」に過ぎないのだと思います。

「大事なものはもっとたくさんあるし、それを維持するだけのお金も持っているぜ!」という人は、それはそれで幸せかもしれません。
手離せないものの適正量は人それぞれです。

 

私は、今後も軽自動車1台分以上の大事なものを持たないようにしたいと思っています。
その方が気楽だし、旅も移住もしやすいし、万が一の時の夜逃げもしやすそうなので……

家具家電なども、「生活必需品」レベルからもう少しだけ、重要度のレベルを落とすことができないかな~と模索中……。

 

例えば、大人二人がかりでないと持ちあがらないような大きな冷蔵庫は本当に必要か?
テレビは?電子レンジは?ベッドは?ソファは?

仮に手放しても支障はないとしても、それがないことで「生活の満足度」は下がってしまうのではないか?

と、「今持っているこれは、本当に必要なものか?」という疑問は絶えず考えていきたいです。

 

同居人とも話し合いつつ、生活の満足度が下がらない範囲内で、ものへの執着を手放していけたらな~と思っています。

 

 

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